大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和49年(ワ)7293号 判決 1977年5月26日

原告 宇津木栄

右訴訟代理人弁護士 堀岩夫

被告 オーケー株式会社

右代表者代表取締役 飯田勧

右訴訟代理人弁護士 久能木武四郎

主文

被告は原告に対し、金一、〇九九、四八三円及びこれに対する昭和四九年九月一〇日以降右完済に至るまで、年五分の割合による金員を支払え。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを三分し、その一を被告の、その余を原告のそれぞれ負担とする。

この判決は、原告において金四〇万円の担保を供するときは、原告勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

(原告)

被告は原告に対し、金三、一五五、四八七円及びこれに対する昭和四九年九月一〇日以降右完済に至るまで、年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は、被告の負担とする。

との判決ならびに仮執行宣言

(被告)

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

第二当事者の主張事実

(請求原因)

一1  原告は、昭和四五年二月二〇日訴外株式会社東京スーパーマーケット(以下、東京スーパーという。)との間で、原告所有の別紙目録記載の建物(以下、本件建物という。)を左記約定で賃貸する旨の契約(以下、本件契約という。)を締結して、これを東京スーパーに引渡した。

(一) 賃貸期間 昭和四五年二月二〇日から昭和五五年二月一九日まで

(二) 賃料 一か月金一四〇、〇〇〇円

(三) 保証金 金六、〇〇〇、〇〇〇円

(四) 被告が、故意又は過失を問わず本件建物に損害を与えたときは、原告に対し、その損害を賠償しなければならない。

被告が右損害賠償金を支払わず、又は賃料の支払を怠ったときは、原告は、前項の保証金をもってこの弁済に充当する。

2  被告は、東京スーパーを吸収合併し、本件建物の賃借人の地位を承継した。

二  本件建物は、昭和四七年一二月二日、被告の社員で、本件建物の管理責任者であった訴外増川富夫が、本件建物内の一室において電気コタツの掛布団の側で電熱器を使用していたところ、右電熱器の火が掛布団に燃え移って発生した火災(以下、本件火災という。)により焼失し、被告の本件建物返還義務は履行不能となった。

三  原告は、右履行不能により次に述べるとおり、合計金三、一五五、四八七円の損害を蒙った。

1 金二、〇三五、四八七円

原告は、昭和四五年二月本件建物を総工費金一二、〇〇〇、〇〇〇円で完成させたが、その後の建築費等の値上りを考慮すると、本件火災当時、本件建物と同一の建物を新築した場合の価格(以下、再取得価格という。)は金二〇、八七〇、二九九円であるところ、右建物は、焼失時に建築後二年間を経過しているので、年二%の滅価償却をすると、結局右焼失当時の本件建物の価格は金二〇、〇三五、四八七円であり、原告は右金額と同額の損害を蒙ったこととなる。原告は、本件契約に基き、前記保証金六、〇〇〇、〇〇〇円を右損害の一部に充当し、また本件建物の焼失により、火災保険金一二、〇〇〇、〇〇〇円を受領したので、右損害は、その限度で填補されたことになるから、右金二〇、〇三五、四八七円から右保証金及び火災保険金合計金一八、〇〇〇、〇〇〇円を控除した額。

2 金一、一二〇、〇〇〇円

原告は、昭和四八年八月三一日本件建物に代わる建物を再築したが、同年一月一日から右完成時までの八か月間、一か月金一四〇、〇〇〇円の賃料相当の利益が得られなかったことにより蒙った損害。

四  よって原告は、被告の債務不履行に基き、被告に対し、右損害の合計金三、一五五、四八七円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日である昭和四九年九月一〇日以降右完済に至るまで、民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(認否)

一  東京スーパーが原告所有の本件建物につき、原告との間で本件契約を締結して、本件建物の引渡を受けたこと、東京スーパーが保証金六、〇〇〇、〇〇〇円を原告に交付したこと、被告はその後右東京スーパーを吸収合併してその地位を承継したこと、本件建物が昭和四七年一二月二日原告主張の原因により発生した火災によって焼失したこと、原告が昭和四五年二月本件建物を総工費金一二、〇〇〇、〇〇〇円で完成させたこと、原告が右保証金を本件火災による損害に充当し、火災保険金一二、〇〇〇、〇〇〇円を受領したこと及び原告が右建物の代りの建物を再築したことは認めるが、その再築の日時は不知、その余の事実は否認する。

二  原告が本件火災により蒙った損害は、次に述べるように、前記保証金と火災保険金により、すべて回復されている。

1 本件建物は、昭和四五年二月に完成したものであるから、減価償却資産として、右完成時から焼失時である昭和四七年一二月二日までの期間につき、その取得価格から税法所定の減価償却をすべきものであり、従って右焼失時の価格は、その取得価格である金一二、〇〇〇、〇〇〇円を超えることはあり得ないから、前記火災保険金一二、〇〇〇、〇〇〇円が支払われたことにより、原告の損害はすべて填補されている。

2 仮に、原告の損害額算出に当り、本件建物完成後の物価等の値上を考慮すべきであるとしても、建設工業経営研究会の出した主要都市の標準建築費指数表によれば、東京における木造建物の場合、昭和四五年を一〇〇とすると昭和四七年は一一一・七であるから、昭和四五年に金一二、〇〇〇、〇〇〇円で新築された本件建物の昭和四七年における建築価額は、これに一一一・七を乗じた一三、四〇四、〇〇〇円であるところ本件建物は、木造モルタル造瓦葺の建物であって建築後約三年経過しているから、その減価償却の方法について、税法所定の定率法によればその定率は〇・〇九九であり、また定額法によれば、その償却率は一年につき〇・〇四六となるので、右いずれかの方法による減価償却をした結果、算出される本件建物の滅失当時の価格は、原告主張の前記再取得価格より相当程度低くなることは明らかである。

そして原告は、前記のとおり火災保険金一二、〇〇〇、〇〇〇円を受領し、前記保証金六、〇〇〇、〇〇〇円を原告の蒙った損害に充当したのであるから、これにより原告の損害はすべて填補されている。

3 仮に、本件建物の再取得価格及び右建物の焼失当時の価格がいずれも原告主張のとおりであるとしても、右建物の一部は前記火災による焼失を免れていて、なお残存価値を有しており、また被告は原告の請求により、被告の費用で右残存物等を取り片づけたので、原告が右建物の焼失によって蒙った損害は、原告が本訴において、損害額算定の根拠としている高瀬金三作成の鑑定書に従い最大限に見積っても、金一七、七九一、五六七円にすぎず、前記火災保険金及び保証金の合計金額より少額であるから、原告の蒙った損害はこれによりすべて填補されている。

三  なお、火災によって建物が焼失した場合賠償すべき損害額は、焼失建物の時価相当額に限られ、右損害額に対する遅延損害金のほかに、右建物の賃料相当額を損害として請求しうるものではないから、原告の賃料相当額の損害金の請求は、それ自体失当である。

第三証拠《省略》

理由

一  原告がその所有にかかる本件建物につき、東京スーパーとの間で本件契約を締結して、右建物を東京スーパーに引渡したこと、その際東京スーパーは保証金六、〇〇〇、〇〇〇円を交付したこと、被告は、その後東京スーパーを吸収合併して、本件建物の賃借人の地位を承継したこと、本件建物が昭和四五年二月総工費金一二、〇〇〇、、〇〇〇円で完成したものであること、本件建物が昭和四七年一二月二日本件火災により焼失したこと、右火災が原告主張の原因によるものであること、及び原告が右保証金を本件火災による損害に充当し、また、火災保険金一二、〇〇〇、〇〇〇円を受領したことについては、いずれも当事者間に争いがない。

二  本件火災の結果、本件契約に基づく被告の原告に対する本件建物の返還義務は履行不能になったものであるところ、本件建物の時価相当額につき争いがあるので、その点について判断する。

1  《証拠省略》によれば、本件建物は、本件火災によりほぼ全焼し、物理的にはなお一〇%程度の残存部分があるものの、右部分は独立してはもとより、再築に当っても、何らの利用価値はないことが認められるので、経済効用的見地からすれば、本件火災により、原告は、本件建物の時価相当額の損害を蒙ったと認めるのが相当である。《証拠判断省略》

2  そこで、本件火災当時における本件建物の時価相当額であるが、右建物は、昭和四五年二月に完成したことについては、当事者間に争いがないから、先づこれと同程度の建物の本件火災が発生した昭和四七年一二月二日当時における再取得価格を確定し、これから、本件建物完成後、右火災時までの期間の減価償却額を控除して、これを算出するのが相当である。

3  減価償却の方法については、定率法、定額法等いくつかの方法があるが(例えば、《証拠省略》によれば、本件建物の時価相当額を鑑定した高瀬金三は、年二%の定額法によっている)、税法上は、建物等の有形減価償却資産については定率法が原則であるとされていること及び不動産取引における市場価額算定の実状等を考慮すると、本件建物の価額算定にあたっては、償却率が毎年一定の割合で逓減するように、それぞれの減価償却資産に応じた償却率をその再取得価額に乗じて得た金額を毎年償却していく定率法によるのが相当であり、また、税法上、右定率法による計算を行う場合に使用される各減価償却資産の耐用年数及び償却率等については、減価償却資産の耐用年数等に関する省令(昭和四〇年三月三一日大蔵省令第一五号。以下、省令という。)が詳細な規定を置いているので、本件においても右省令の定める基準によるのが相当であると認められるところ、右省令によれば、本件建物のような木造住宅の耐用年数は二四年で(省令第一条、同別表第一)、その場合における償却率は一年につき〇・〇九二(省令第四条、同別表第一〇)であり、本件建物の完成時(昭和四五年二月)からその焼失時(昭和四七年一二月二日)までの建築経過年数は二年一〇か月であるから、本件火災時における本件建物の時価相当額は、右時点における本件建物の再取得価格に右係数を用いた定率法により減価償却した価格とするのが相当である。

4  そこで本件火災時における本件建物の再取得価格であるが

(一)  《証拠省略》によれば、日本損害保険協会登録の火災損害鑑定人である訴外高瀬金三(以下、高瀬という。)は、原告と本件建物につき火災保険契約を締結していた訴外日新火災海上保険株式会社の委嘱により、昭和四八年一月二三日右建物の前記火災による損害額を算定するため現地調査を行い、各工事別にその内容を明確にし、単価計算をして積算した結果、右焼失当時の本件建物の再取得価格は金二〇、八七〇、二九九円であると鑑定したこと(以下、右価格を鑑定価格という。)が認められ、右認定に反する証拠はない。

(二)  他方《証拠省略》によれば、本件建物が完成した昭和四五年二月から右建物が焼失した昭和四七年一二月までの間の東京都における木造建物の建築費用の上昇率については、各統計によりその率がまちまちであるが本訴に提出されたもののうち最も高い指数を示している建設工業経営研究会発行の「標準建築費指数」によっても、その上昇率は、五〇%強であり、原告が昭和四五年二月本件建物を完成するに支出した金一二、〇〇〇、〇〇〇円を基に、右上昇率を乗じて本件火災時における本件建物の再取得価格を算出しても、その価格は、金一八、〇〇〇、〇〇〇円をわずかに超える額に過ぎず、前記鑑定価格は、いささか高きに失するのではないかとの疑問がないでもない。

5  然しながら、仮に本件火災時における本件建物の再取得価格が、鑑定価格である金二〇、八七〇、二九九円であるとしても、前記認定の定率法による減価償却を行うと、右時点における本件建物の価格は金一五、八八七、六七四円となり、これが右火災により原告が蒙った損害ということになるところ、原告は、被告から受領していた保証金六、〇〇〇、〇〇〇円を右損害の一部に充当し、火災保険金一二、〇〇〇、〇〇〇円を受領したというのであるから、これにより右損害はすべて填補されたというべきであり、本件建物の焼失したことにより、なお金二、〇三五、四八七円の損害があるとする原告の主張は理由がない。

三  次に、原告の賃料相当額の損害賠償請求について判断する。

(一)  本件建物は、昭和四七年一二月二日焼失したが、当時原告が右建物を被告に対し、賃料一か月金一四〇、〇〇〇円で賃貸していたことについては当事者間に争いがなく、また《証拠省略》によれば、原告は、本件建物の残存物を撤去したうえ、昭和四八年八月三一日右建物の敷地上にアパートを建築し、同年九月一日からこれを他に賃貸していることが認められ、右認定に反する証拠はない。

(二)  焼失建物が賃貸借の目的となっている場合、賃貸人は右建物が存在していれば当然得られるべき賃料収入を失うことになるものであって、右損害は、右建物の時価相当額の賠償をうけることにより、填補されるものではないから、賃貸人は、焼失建物と同様の建物を再築するに必要な相当の期間につき、右賃料相当の損害金を請求することができると解すべきところ、前記認定事実からすれば、原告が主張する八か月の期間は、再築に必要な期間として相当というべきである。

(三)  従って、原告が右八か月間に取得しえた賃料額は、合計金一、一二〇、〇〇〇円であって、原告は、本件火災の発生した昭和四七年一二月二日の時点で右賃料相当額の損害賠償請求権を取得したものであるところ、本来右焼失時以降の賃料請求権は、右焼失時には履行期が到来していなかったものであるから、その分につき毎月の中間利息を右損害金から控除すべきものであり、損害金一、一二〇、〇〇〇円から一月につき一二分の五パーセントの割合による中間利息を各月の賃料分から新ホフマン方式によってそれぞれ控除すると、その残額は、金一、〇九九、四八三円となる。

(四)  ところで、本件建物の焼失時における時価相当額は、これを最大に見積っても前記認定のとおり金一五、八八七、六七四円であって、原告が受領した前記保証金及び火災保険金の合計金一八、〇〇〇、〇〇〇円は右建物の損害額を超過しているから、右認定の賃料相当の損害も右保険金により填補しうるようにもみられるけれども、賃貸建物に損害が生じたときは、先づ保証金によりその損失を填補し、更に損害があるときは、保険金がこれを填補することになるのであるが、右保険金は、本来焼失建物の損害を填補するものであって、右賃料相当の損害金がその対象とされていることについては、何らの主張立証もないから、仮に原告が損害を上廻る保険金を受領していたとしても、右余剰金は、保険金の支払人である訴外日新火災海上株式会社に返還すべきものであり、これをもって原告の蒙った右賃料相当損害金と損益相殺することはできないものといわなければならない。

五  以上によれば、原告の本訴請求は、本件建物についての賃料相当額についての損害金一、〇九九、四八三円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日である昭和四九年九月一〇日以降右完済に至るまで、民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める部分に限り理由があるからこれを認容し、その余は、失当としてこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条、仮執行の宣言につき同法第一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 野崎幸雄 裁判官 満田忠彦 裁判官吉村正は職務代行を解かれたため署名押印できない。裁判長裁判官 野崎幸雄)

<以下省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例